いただきまーす! season2 第7話

小説

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辺りの田植えがようやく一段落した頃の、ある日の午前中。
一平は検査室で、検査課の丹羽課長と談笑していた。

「へえ、出身、東京なんだ。」
「そうなんですよ。」
「東京かあ…。仕事でしか行ったことないからなあ…。」
丹羽は50代くらい。髪はすっかり白くなっている。
去年、一平とすれ違いで郷浜食検へ異動してきた。

穏やかな人柄だが、万事、動きや物言いに隙がない印象を受ける。
スポーツとか武術とか、昔、何かやっていたのだろうか。
そんなことを感じさせる人物だ。

「あ、課長はどちらのご出身なんですか?」
「俺は生まれも育ちも里崎。」
「ほんでもって、仕事も里崎!」
かかか、っと丹羽が笑う。

「別に帰ってこい、って言われた訳じゃないし、そんなつもりもなかったんだけど、結果、こうなっちまったなあ…。」
「あーあ、若いうちに、もっと他の所に住んでみてもよかったなあ…。」
丹羽が窓の外に目を移す。

再び丹羽が一平に向き直り、いたずらっ子のように笑った。
「ねえねえ、田中君の実家って、都会のど真ん中だったりすんの?」
「いやあ、都心から離れた、古びた住宅地ん中ですよ。」
「俺の東京のイメージって、むしろこっちかなあ…。」
「そっかあ。住んでる人にとっちゃあ、そんなもんだよなあ。」

と、PCR室のスライドドアが開き、木村が入ってきた。
「なんか楽しそうですね。」
二人に笑いかけながら、木村がそのまま準備室へと去っていく。

「木村さんに、田中君。それに今年は二人も新採君が来てくれた。」
「もううちは磐石だねえ。」
「俺も、いい年になっちまったなあ。」
木村の後ろ姿を見ながら、丹羽がしみじみと呟いた。

木村が試薬瓶を片手に、検査室に戻ってくる。
「何言ってんですか、課長!まだまだバリバリなのに。」

「いやいや、うちの県全体見たって、石川もいるし、君もいる。ようやく若い獣医さんも入ってきてくれるようになったし、検査室的にはもう十分だよ。」
「さあて、ルンルンの老後に向けて、あれこれ準備始めちゃおかなっと!」
ポンと膝を叩き、丹羽が立ち上がった、その時。

内線電話が鳴り、木村が受話器を取る。
「え?は、はい…。」
木村が丹羽をちらちら見ながら、がしがしとメモを取り始めた。
「課長が居ります、代わります。」

木村が丹羽に受話器を差し出す。
「課長、病畜処理室の渡辺さんからです。」
「今やってる牛、後肢の筋肉が浮腫や血様膠様浸潤を伴って高度に充出血してて、全身にも出血斑が出てるそうです。」
「悪性水腫かなとは思うけど、気腫疽か、まさか炭疽じゃねえだろうな、って。」

丹羽は無言のまま、ゆっくりと受話器を受け取った。

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