週末の朝。
アパートのドアの外から聞こえる小さな気配に気付き、ゆっくりと目を覚ます。
気配の主は、今度は台所のサッシ戸にひょいと飛び上がり、サッシ戸の隙間をかりかりと引っ掻いている。
磨りガラスごしに映るその姿は、黒々としていて、でかい。
野郎、来やがったな…。
よっこいせっと布団から抜け出し、ポリポリと背中を掻きながらサッシ戸を開けてやると、でっぷりと太った黒白のブチ猫がするりと入ってきて、一平の手に頭を擦り付けてきた。
「おはよ。清十郎。」
部屋のあちこちをくんくん嗅ぎ回る清十郎に構わず、冷蔵庫を開け、ハムと卵を取り出す。
フライパンに油を引いて火を付け、十分温まるのを待ってからハムを乗せ、卵を割り入れ、少しの水を垂らしてからフライパンに蓋をした。
オーブントースターにパンを2枚並べ、ダイアルを回す。
「ほら、」
一平がハムの切れっ端をちらちらと振ると、清十郎が待ってましたとすり寄り、パクリと食いついた。
あっという間に飲み込んだ清十郎は、舌舐りをしながらもっとないのかと言わんばかりに一平を見ている。
「待て、っつうの。」
ハムエッグを皿にのせ、牛乳を注いだグラス、マーガリンを塗ったトーストと共にテーブルに置く。
清十郎が伸び上がり、鼻をひくひくさせながらぐいと顔を近づける。
「こら、それ、俺んだ。」
どかりと座り、卵をからめたハムを口に入れるや否や、トーストにざくりとかぶり付く。
うん、うめえ。
清十郎の攻撃を箸でかわしながらぺろりとたいらげた一平は、ほらやるよ、と、最後のパンのひとかけを残した皿を、清十郎に差し出した。
あっという間にパンを飲み込んだ清十郎は、いとおしげに皿を舐め回している。
その丸々とした後ろ姿を眺めながら、ぐいっと牛乳を飲み干した。
「ぷはー。」
ようやく自分の部屋を見回す。
脱ぎ捨てたままのシャツやズボン。
床に転がったままのペットボトル。
放り出された釣り雑誌…。
しょうがねえ、やるか、と立ち上がり、がらりと窓を開けると、暖かい風が優しく吹き込み、部屋を満たしていった。
洗濯物をバッグに詰め込み、ドアを開けると、清十郎が先にするりと出ていく。
このやろう、食ったらもう用無し、かよ。
苦笑いしながらドアの鍵を閉めて振り向くと、アパートの外階段の前で一平の方を振り向きながら、清十郎がぽてんと座っていた。
ほう、可愛いとこ、あんじゃん…。
くすりと笑いながら清十郎と共にギシギシと外階段を降りると、一平のアパート、幸福荘の大家、神代ばあちゃんが外庭を掃き掃除している。
「おはようございます。」
「おはようございます。あら、清十郎も。」
清十郎はばあちゃんの足元に駆け寄り、ごろごろ言いながら頭を擦り付けた。
「お出掛け?」
「いや、洗濯ですよ。掃除もしなきゃ。」
たはは、と一平が頭を掻く。
「今日は気持ちいい日になりそうですねえ。」
「ですね。」
じゃあいってきます、と、アパートの駐車場に停めてある車に向かう。
こいつもほこりまみれだなあ…。
よおし、いっちょう、洗ってやっかあ!
車に乗り込み、キーを回した。