食中毒を疑う事件で、「あちゃあ、困ったなあ…。」と思わず呟いてしまうのが、自然毒を原因とする食中毒ですね。
自然毒は、野草やきのこの毒、フグ毒、サバといった青魚のヒスタミン中毒なんてのがよく知られています。
自然毒の何が、いったい困るのか。
今回はこれをお話しします。
まずはキノコ と野草。
「キノコや野草、詳しいですか?」
獣医さん100人に聞いてみたいものです。
そして、
「これは食べられる、あ、これは食べちゃダメ。」
ってすぐ答えられる獣医さん、手を挙げてみてください。
大抵の獣医さんはこの分野、まーったく無知です。
もちろん私も、ほとんど分かんないです。(大笑)
それでも保健所には、
「なんちゃらかんちゃらみたいなキノコを食って腹こわしたみたいだぞ!」
ってお医者さんから電話が来る。
「へ?キノコっすか?」
なあんて、とても言えない。
「あ、すぐ行きます。」
と、とりあえず患者さん宅に直行。
あたふたと現品確保して、その道に詳しい保健所の人に見てもらって種類を判別し、なんとか報告書書いて完了できれば、それはまだましな方。
「なんだこれ?」
保健所内部の誰に聞いてもさっぱり分からない。
さんざん所内を駆け回ったあげく、夜半に人づてに紹介してもらった専門家の自宅まで押し掛けてなんとか鑑別してもらい、
「なんだ保健所さん、これ知らなかったの?」
と言われる始末…。
それだけじゃあ、ありません。
野草やキノコのシーズンになると、
「これ、食べられますかあ?」
と、いろんな人が保健所衛生課のカウンターにやって来る。
図鑑をペラペラめくりながら、
「うーん、これと似てるけど、どうでしょうねえ…。」
とお茶を濁し、
「私共も専門家じゃないんで、よぼどはっきり分かる奴以外は、大丈夫です、とは言えないんですよお…。」
と、逃げ口上を繰り出し、なんとか帰ってもらうのがせい一杯。
それが実情なんです。
何だかよく分からないキノコとか野草を近所の公園で採って食べた、そんで腹こわした、なんて事件に出くわした日には、目も当てられない。
患者さんいわく、
「図鑑で見たこいつに似てるかなって思ってさ…。」
「食べ残し?切れっ端?そんなのねえよ。」
「誰かにくれてやったかって?隣のジイさんにおすそ分けしたっけか…。」
「ああ、そのジイさん、仕事で日中は居ねえよ。」
「…。」
夜討ち朝駆けで、やっとこさそのジイさんをつかまえて話を聞けば、
「見たことねえもんでさあ、気持ち悪いから内緒で捨てちまったよ。」と言われちゃったり。
仮に食べた残品が残ってたとしても、細切れになっちゃってて、そのキノコや野草が何であるか、特定が難しいケースも結構あるんです。
厚生労働省HPの自然毒リスクプロファイルでアタリをつけたり、キノコ研究者を探し回って聞いてみたり。
結局、何で腹をこわしたのか、こちらは皆目検討もつかない。
まあ、本人がキノコ食って腹こわした、って言うし、医者もキノコだろうね、ってんだから、それで処理しちゃいたいけどさあ…。
分かんないものは、分かりませんでした、としか言いようがないのです。
でもって、分からないキノコや野草は食うな、って、マスコミにお願いして新聞記事にしてもらったりしても、アウトドア志向が高まっている昨今、図鑑を片手に山や野原でキノコや野草を取る人は後を絶ちません。
また最近は、こんな野草を見つけたらね、こんな風に料理すると、おいしく食べることができますよ、なあんてネットの記事が盛りだくさん。
それを読みかじり、試してみたんだけどさあ、なんて話も聞きます。
時代のなせる技、とでも言いますか、ねえ…。
打つ手も思い付かないまま日々を過ごしていると、またしても、
「採ってみて食べてみちゃった」
ていう人が、お腹をこわしてお医者さんにかかる。
キノコや野草はこの繰り返しです。
フグには、別の意味で困っています。
フグの免許を持つ料理店では、まあ、事故は起きません。
何故って、魚を卸す人と捌いてる人が、知識と技術のある「プロ」だから。
フグの事故で一番多いのは、
「昔から自分で捌いて食ってたぞ」
って人が、自分で釣ったフグを自分で捌いて家族や知人に食べさせ、アタってしまうケースです。
本人いわく、
「ジイさんから教えてもらったこの方法で今まで大丈夫だったんだから、今回も大丈夫だと思った。」
だそうです。
そして自信満々で捌いて食べさせ、アタってしまう…。
フグの自家調理を普通にやってる家って、港町を中心に結構残っています。代々受け継がれていたりするので、自家調理でも大丈夫って考えてる人って、そう簡単にいなくならない。
そしてまたどっかの家庭で、ドンとアタる…。
食文化、みたいな言い方をする方もいますが、はてさて、どんなもんなんでしょうかねえ…。
実は、食べていいフグの種類と部位は、都道府県によって異なります。
なので保健所の食品衛生監視員は、最低でも自分の県で提供可能なフグの種類も判別できるようになっていないとダメです。
「え?保健所入ったら、キノコや野草、ほんでもって、フグの種類の見分け方まで覚えなきゃいけないの!」
なあんて獣医さんや獣医学生さん、いっぱいいるんだろうなあ…。
みんなあ、頑張ってね!(大笑)
自然毒の食中毒って、実際どんなのがあったんだろ、って素朴な興味をお持ちの方は、以下のリンクを参考にしてください。
ご紹介してるのはごく一部の事例です。
地方だけでなく、首都圏の保健所でも、結構出くわしてるんですよ。
シキミ
2021岡山県
フグ
2020岡山県 2019兵庫県 2016奈良県 2016名古屋市 2014福岡市
イヌサフラン
2021北海道 2021神奈川県 2019群馬県 2020北海道 2018北海道
2017北海道 2016横浜市
ユウガオ
2020長野県
ハシリドコロ
2021長野県
ハタ科魚類(パリトキシン)
2020 兵庫県
ヒスタミン
2020熊本市 2020 仙台市 2018山梨県 2016奈良県 2016福島県
ジャガイモ
2019兵庫県 2016北海道 2015川崎市 2014北海道 2015奈良県
チョウセンアサガオ
2019岩手県 2014川崎市 2012札幌市
ニセクロハツ(キノコ)
2018三重県
スイセン
2019名古屋市 2018名古屋市 2017長野市 2015岡山県 2014尼崎市
ヒガンバナの葉
2019千葉県
ツブ貝(テトラミン)
2018神奈川県
シガテラ毒
2017鹿児島県
キンシバイ(テトロドトキシン)
2015長崎県
観賞用ヒョウタン
2016兵庫県
ヘチマ
2017杉並区
<参考記事>
・「獣医さんなら知っておきたい、保健所の食品衛生監視員はこんな仕事」
・「食中毒に遭遇した食品衛生監視員の思考」
・「食品衛生監視員が一度は遭遇する悪夢、diffuse outbreak」
・「保健所の食品営業許可の仕事って、ぶっちゃけどうよ?」
・「保健所での犬猫の保護と返還・譲渡の話 」