食品衛生監視員が一度は遭遇する悪夢、 diffuse outbreak

仕事内容

diffuse outbreak(散発型集団発生)。

汚染された食品が広域に流通した結果、それを食べた人達が色んな地域で、様々なタイミングで食中毒症状を発症する。

まさに「散発」。

同じタイミングで、あっちでもこっちでも一斉に出たぞお、なんて奴なら、みんなすぐに気付いて連携を取り合って対応します。
なのでこの手合いは見かけは派手ですが、事態が収束するのも速いです。

けれど、小さな集団であっちでパラリ、はたまたはるか遠く離れたこっちでパラリと出られた日には、あっちの事件とこっちの事件の原因食品がおんなじだあ!なあんて気付くはずもありません。

パラリと出た食中毒グループに対応した、そのエリアを所管する保健所の食品衛生監視員。
当然、まず目の前の食中毒グループに接触し、ひと通りの調査を開始します。

おや?
患者から出てきた病原体が、食材や提供施設、提供者の検便から検出されない…。

たちまち迷宮に迷い込んでしまいます。

何か大事な情報を聞き落としたか…。
検査に出したサンプルに問題があったのか…。
でもまあ、考えられることはやったし、所長も課長も今回は食中毒事件としては扱わない、と言ってるし…。

…。
しかしこいつは一体、どっから来たんだ?

モヤモヤしつつ、彼は普段の仕事に戻っていきます。

だいぶ時間が経過したある日、彼に県庁から連絡が入ります。
「おい、この前患者便から出た菌株、衛研に送ってくれってさ。」
「へ?」
「なんか、関連調査みたいだぜ。」
「あ、はいはい、検査課に頼んどきます。」
「それとよ、」
「こんなの食ったか、って、この前のグループに当たってくれってさ。」
「え?」
「今、メールしたから。じゃ、よろしく。」
用件だけ伝え、県庁の担当はガチャリと電話を切ってしまいます。

渋々、彼はメールを開きます。

「まさか、こんなのが、ねえ…。」

呟きながら、前の記録が入った簿冊を取りに、彼はキャビネットに向かっていきます。

こんな風景が全国の保健所で見られた時期が、実際にありました。

「イカ乾燥品によるサルモネラの散発型集団発生」

端緒は川崎市保健所、1999年3月。
医療機関からの通報を受けて調査を開始。

発症グループは、とある子供会の参加者でした。
提供された食品は、「バリバリいか」、シュークリーム、せんべい、キャンディーなど8種類の詰め合わせ菓子。
駄菓子屋さんで手に入るものばかりで、どうみても原因となりそうな食品とは思えません。

保健所の検査課に「バリバリいか」を持ち込んだ川崎市の食品衛生監視員は、きっと思ったはずです。

よく駄菓子屋で見かけた、乾燥した味付きイカ。
子供の頃、食ったことがある。
こんなの全国どこでも売ってるし、みんな食ってんじゃねえの…。
何かしら悪いもん入ってんだったら、どっかでとっくに騒いでるはずじゃん…。

「まさか、こんなのが、ねえ…。」

しかし得られた結果は、彼の予想を裏切るものでした。

子供会の参加者66人のうち、発症した13人、健康者2人の検便、そして小売店での「バリバリいか」の残品5袋中2袋から、salmonella Oranienburgが検出されたのです。

川崎市は「バリバリいか」を原因とする食中毒事件として公表し、全国に注意喚起を促します。

1次製造元がある青森県、発生自治体が次々と声を上げる事態に発展し、国まで腰を上げて大騒ぎ。
最終的には全国46都道府県、1500名を超える食中毒事件となりました。

1次製造元は水産加工業者で、この業者が製造する過程でサルモネラに汚染されていたことが判明しました。
そして製造元から仕入れて小分けした二次加工業者が、複数の販売者用ごとにアイテムを作り分け、末端の小売り業者へ。
結局、26のアイテムに姿を変え、全国に流通していたのです。

広域流通が発達すればするほど汚染食品の拡散リスクも高まっていく。
これは広域流通を前提とした現代の、いわばアキレス腱です。

世の中は「もっと速く、もっと遠くへ」と、その志向を強めるばかりです。

こうした時代に居合わせた食品衛生監視員は、どう立ち向かっていくべきなのか。
どんな手段を身に付けなければならないのか。

思索の日々はまだまだ続きそうです。

川崎市

青森県

1次製造元の調査結果

国の平成11年度感染症危機管理研修会資料

<参考記事>
「獣医さんなら知っておきたい、保健所の食品衛生監視員はこんな仕事」
「食中毒に遭遇した食品衛生監視員の思考」
「食品衛生監視員の難敵、自然毒」
「保健所の食品営業許可の仕事って、ぶっちゃけどうよ?」
「保健所での犬猫の保護と返還・譲渡の話 」

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